2026/06/09
こんにちは、けいこくの森動物病院(世田谷区等々力)獣医師の田口です。
肥大型心筋症(HCM)はねこちゃんで最も多い心臓病です。初期はほぼ無症状ですが、突然の呼吸困難や後ろ足の麻痺(血栓症)を引き起こす恐ろしい病気でもあります。この記事では、愛猫の寿命を延ばすための具体的な行動(呼吸数の異常といった自宅でも気づけるサインの発見や、適切な治療・ケア方法)を解説します。
特に読んでほしい方:メインクーンやラグドールなどの好発品種を飼っている方や、愛猫の健康診断で「心雑音がある」と言われた飼い主様。

目次
1. 猫の肥大型心筋症(HCM)はどのような病気?
猫の肥大型心筋症(HCM)は、心臓の筋肉(特に左心室の心筋)が内側に向かって異常に分厚くなってしまう病気です。心臓は全身に血液を送り出す「ポンプ」の役割を果たしていますが、筋肉が分厚くなると心臓の内腔(お部屋)が狭くなります。狭くなった左心室は、左心房からの血液を十分に受け入れることができなくなってしまいます。
左心房に血液がうっ滞する(残る)ことで、左心房が次第に大きくなっていきます。これを容量負荷がかかっていると言います。左心房は肺から戻ってきた血液が流れる部屋で、最終的に肺の血管にも血液が渋滞すると、肺に水分が滲み出てしまう「肺水腫」という状態に陥ります。これは命に関わる病態です。
無症状のことも多く、健康であっても約7頭に1頭はHCMであると言われています。実際の臨床現場では、飼い主様が「呼吸が荒い」と気づいて来院されたときには、すでにかなり病状が進行しています。

左心房(カーソルがある黒いお部屋)が異常に拡大していて、
血液が逆流(緑〜青の部分)しています。
残念ながら、一度分厚くなってしまった心臓の筋肉を元の正常な厚さに戻す根本的な治療法はありません。治療の目的は「病気の進行を遅らせること」と「苦しい症状を取り除き、生活の質(QOL)を維持すること」です。
2. なぜ猫は肥大型心筋症になるの?その原因と好発品種
猫がHCMを発症する原因の多くは、遺伝子の突然変異であることがわかっています。特にMYBPC3と呼ばれる心臓の筋肉の構造に関わる遺伝子に変異が起きることが原因として特定されています(Meurs et al., 2005)。
好発猫種(なりやすい品種)
- メインクーン
- ラグドール
- アメリカンショートヘア
- ペルシャ
- ブリティッシュショートヘア
- スコティッシュフォールド
しかしながら経験上、雑種猫でもごく一般的にHCMは見られます。「うちの子は血統書付きではないから大丈夫」と安心することはできず、すべての猫において注意が必要な病気です。
3. 自宅で気付ける肥大型心筋症の初期症状は何か?
HCMの最も恐ろしい点は、「初期にはほとんど無症状である」ということです。猫は本能的に体調の悪さを隠す動物であるため、一般的には、飼い主様が異変に気付いた時にはすでに重症化しています。
病状が進行し、心不全(心臓の働きが低下した状態)に近づくと、以下の症状が見られるようになります。
- 呼吸の異変: 呼吸が速い、犬のように口を開けてハァハァと呼吸をする(開口呼吸)。
- 活動性の低下: おもちゃで遊ばなくなった、高いところに登らなくなった、狭い場所に隠れて出てこない。
- 食欲不振と嘔吐: ご飯を食べ残すようになる。胃腸炎や毛球症(毛玉を吐くこと)と勘違いされやすいですが、心臓の機能低下による不調のサインの可能性もあります。
そして最も劇的で恐ろしい症状は、「後ろ足が動かなくなること」です。

分厚くなった心臓によって血液の流れが淀み、血の塊(血栓)ができやすくなります。この血栓が心臓から全身の血管へと飛び出し、ほとんどの場合、後ろ足に向かう血管(大動脈の分岐部)に詰まります。当院でも何例か経験していますが、長期の予後は期待できません。
一刻も早く、夜間であっても救急対応可能な動物病院を受診してください。
これは動脈血栓塞栓症の典型的な症状です。血流が途絶えるため、後ろ足の肉球は紫色(チアノーゼ)になり、触ると冷えています。痛みもあります。発症から数時間が勝負であり、治療が遅れると足が壊死するか、命を落とす危険性が極めて高い緊急事態です。
4. 動物病院では肥大型心筋症に対してどのような検査を行うか?
問診と身体検査を行った後、心臓の状態を正確に把握するために複数の検査を組み合わせて診断します。
① 聴診
聴診器で心臓の音を聞きます。血液が狭いところを無理やり血流が通るため、心音に雑音が混じっていることがあります。HCMの猫の約30%は心雑音が聞こえないとも言われており、聴診だけでは診断ができません。
② 心エコー検査(超音波検査)
HCMの確定診断において最も重要で、いわゆるゴールドスタンダード(標準的で最も信頼できる検査)です。超音波を当てて心臓の断面をリアルタイムで観察します。当院でも健康診断で必ず行なっています。
- 心室中隔の厚さ: 正常な猫の心臓の壁は5mm未満ですが、これが6mm以上に分厚くなっている場合にHCMと診断されます。
- 左心房の大きさ: 血液が渋滞して左心房がパンパンに膨らんでいないか、中に血栓(モヤモヤとしたエコー画像として映ります)ができていないかを確認します。

この症例ではIVSTd(拡張末期心室中隔壁厚)が7.3mmです。
何やら筋肉(十字のカーソルの間、グレーの部分)が分厚いことがわかるかと思います。
③ 胸部X線検査(レントゲン検査)
心臓全体のシルエットの拡大や、肺に水が溜まっていないか(肺水腫の有無)を確認します。HCMが進行すると、心臓がトランプのハートマークのように変形する「バレンタインハート」と呼ばれる特徴的なレントゲン像が見られることがあります。
④ 血液検査(NT-proBNP)
心臓の筋肉に負担がかかると分泌される「NT-proBNP」というホルモンの数値を測定します。この数値が高い場合、心臓病が隠れている可能性が高く、特に無症状の猫のスクリーニング検査(ふるい分け)として有効です。
5. 猫の心筋症にはどのようなステージ分類があるか?
猫の心筋症の進行度合いは、アメリカ獣医内科学会(ACVIM)が2020年に発表したガイドラインによって、AからDのステージに分類されています(Fuentes et al., 2020)。
この分類は、私たち獣医師が治療方針を決定する上で極めて重要です。
- ステージA(素因あり): 現在は心臓に異常はないが、メインクーンなどの好発猫種であり、将来発症するリスクを持っている状態。
- ステージB(無症状期): 心エコー検査で心臓の肥大が確認されるが、心不全の症状は出ていない状態。
- ステージB1: リスクが低い状態(左心房の拡大がない)
- ステージB2: リスクが高い状態(左心房が拡大しており、血栓ができやすい、または心不全に陥りやすい)
- ステージC(心不全・血栓症の発症): 過去または現在、肺水腫などのうっ血性心不全や、動脈血栓塞栓症の症状が出ている状態。
- ステージD: 適切な薬の治療を行っても、心不全の症状が抑えられない末期の状態。
診断された時のステージによって寿命は大きく異なります。大規模な研究によると、無症状のステージBの段階では生存期間の中央値は1129日で、動脈血栓塞栓症を発症した症例では生存期間の中央値は117日と報告されています(Rush et al., 2002)。
6. 猫の肥大型心筋症にはどのような治療をするか?
治療は、現在のステージに合わせて薬を組み合わせて処方する内科治療(投薬)が中心となります。
① ステージB2の治療
心不全や血栓症を「未然に防ぐこと」が目的です。
- 抗血栓薬(クロピドグレル): 左心房が拡大している場合、血栓ができるリスクが非常に高いため、血液をサラサラにして血栓を防ぐお薬を処方します。
- 心拍数をコントロールする薬(ベータ遮断薬、カルシウム拮抗薬): 心臓のバクバクとした過剰な動きを落ち着かせ、心臓の筋肉がリラックスして血液を取り込める時間を長くするためのお薬です。
② ステージC以降の治療
肺水腫などで呼吸が苦しい状態を改善し、命を繋ぐための治療です。
- 利尿剤(フロセミド、トラセミド): 尿の量を増やして、肺や胸に溜まった余分な水分を体の外へ排泄させるお薬です。肺水腫の治療においては最も重要なお薬となります。
- 強心薬(ピモベンダン): 心臓の収縮する力を助け、血管を広げて血液の流れをスムーズにするお薬です(猫の状態や心臓の筋肉の動き方によっては使用できない場合があります)。
実際の診療では、投薬が猫にとっても飼い主様にとっても大きなストレスになることがあります。しかし、自己判断で薬を中断すると、急激に血栓ができたり肺水腫が再発したりすることがあるため、必ず獣医師の指示に従ってください。
薬の費用や通院の頻度も含めて、ご家族にとって無理のない治療プランをご提案いたします。
7. 肥大型心筋症の猫に対して自宅でできるケア
動物病院での治療と同様に、飼い主様による自宅での日々のケアと観察が重要です。
① 睡眠時安静時呼吸数(SRR)の測定
これが最も重要です。心臓病が悪化して肺に水が溜まり始めると、真っ先に「呼吸数」が増加します。猫が完全に寝ている時、またはリラックスして横たわっている時に、お腹や胸が上下する回数を1分間数えてください。
- 正常値: 1分間に15〜25回(多くても30回未満)
- 要注意: 1分間に30回以上、または普段より明らかに呼吸が速い、苦しそうにしている場合は、次の予約日を待たずにすぐ受診してください。
猫が「深い眠りについている時」が最も正確に測れます。
遊んだ直後や、ご飯を食べている時、ゴロゴロ喉を鳴らしている時は正確な数値が出ません。スマートフォンで15秒間測り、その数を4倍して1分間の回数を計算する方法でも構いません。毎日の習慣にし、カレンダーやアプリに記録することをお勧めします。
② ストレスのない環境づくり
猫はストレスを感じると交感神経が刺激され、心拍数や血圧が上昇し、心臓に大きな負担がかかります。
- 急な来客、大きな音(工事音や掃除機)、室温の急激な変化を避けるようにしましょう。
- 多頭飼いの場合は、安心できる隠れ家や専用のトイレを増やしましょう。
猫は自分自身で休むため、ケージに閉じ込めるような厳格な運動制限は不要です。しかし、飼い主様から猫じゃらし等で激しく追いかけさせたり、息が上がるような長時間の遊びを強要したりすることは避けてください。マイペースに生活させることが一番です。
ステージや他の病気(腎臓病など)の有無によって異なります。心筋症の猫には極端な塩分制限は必ずしも推奨されませんが、高すぎる塩分は心臓に負担をかけると言われています。また、心臓病が進行すると食欲が落ちて痩せてしまう悪液質という状態になりやすいため、まずは「カロリーをしっかり摂れること」が優先される場合もあります。必ず担当の獣医師に相談してからフードを変更してください。
8. 肥大型心筋症は予防できるの?
結論から言うと、遺伝的な要因が強いため、肥大型心筋症の発症そのものを完全に予防することはできません。しかし、発症してしまった心筋症を悪化させない(心不全や血栓症を防ぐ)という二次的な予防は十分に可能です。そのためには、早期発見が最も重要です。
- 定期的な健康診断: 年に1回の血液検査と、6〜8歳以上のミドルシニア以上の猫は心臓のエコー検査を含めた、全身の健康診断を受けましょう。
- 少しでも異変があれば受診:「少し呼吸が早い気がする」といった飼い主様の直感は、多くの場合当たっています。様子を見ずに動物病院へご相談ください。
9. まとめ:愛猫の心臓を守るためにできること
猫の肥大型心筋症(HCM)は、ある日突然、愛猫の命を奪う危険性のある恐ろしい病気です。初期症状がほとんどないため、見逃されやすいという特徴を持っています。しかし、定期的な健康診断によって無症状の段階で発見できれば、適切なお薬の投与や、飼い主様によるご自宅での呼吸数モニタリングによって、長期間にわたり穏やかな生活を維持できる可能性が十分にあります。
病気の知識を持つことで、愛猫の命を守ることができます。今日からぜひ、愛猫がスヤスヤと眠っているときの「呼吸数」を数える習慣を始めてみてください。
10. 引用文献
- Meurs KM, et al. A cardiac myosin binding protein C mutation in the Maine Coon cat with familial hypertrophic cardiomyopathy. Hum Mol Genet. 2005;17 Suppl 1:S53-73.
- Rush JE, et al. Population and survival characteristics of cats with hypertrophic cardiomyopathy: 260 cases (1990-1999). J Am Vet Assoc. 2002;220(2):202-7.
- Fuentes VL, et al. ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats. J Vet Intern Med. 2020;34(3),1062-77.
この記事を執筆したのは・・・
けいこくの森動物病院 獣医師 田口 仁
けいこくの森動物病院では、わんちゃんねこちゃんの歯科診療に力を入れています。
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