2026/06/18
日常診療において、わんちゃんの下痢は毎日のように来院され、非常に遭遇する頻度の高い疾患です。
獣医学的には、発症して数日以内のものを「急性下痢」、2週間以上治らないものを「慢性下痢」と定義しています。通常は急性下痢の段階で来院されるため、急性下痢に対する処置と処方をしますが、長引く場合に慢性下痢としての精査が必要になります。
本記事では獣医師の視点から、急性下痢の原因、抗菌薬の適切な使用法、内服薬や食事療法の使い方を解説しています。使われる薬剤の意図や、先生の治療アプローチの理解に役立つ実践的な知識をお届けします。
対象とする読者:愛犬の急な下痢や血便に気づき、正しい対処法を知りたい飼い主様へ。
目次
1. 犬の下痢の原因は何か?
犬が下痢をする原因は多岐にわたりますが、おおむね以下の表に分けられます。
| 病状の分類 | 原因・要因 | 具体例・特徴 |
|---|---|---|
| 急性下痢 (軽症例) |
食事性 | 急なフードの切り替え、脂肪分の多すぎるおやつ、拾い食い |
| 特発性(心因性) | 環境の変化、ペットホテル宿泊、雷などのストレス | |
| 感染性(寄生虫) | コクシジウム、ジアルジアなど | |
| 急性下痢 (重症例) |
急性膵炎 | 通常、激しい嘔吐と腹痛を伴う |
| 異物の誤食 | 消化管が閉塞することがある | |
| 重篤なウイルス感染 | パルボウイルスなど | |
| 慢性下痢 | 小腸性の場合 | 慢性腸症、消化器型リンパ腫、副腎皮質機能低下症、膵外分泌不全 |
| 大腸性の場合 |
慢性腸症、繊維反応性大腸性下痢、炎症性ポリープ、腸重積など |
下痢によって体内の水分が奪われているため、水分補給を怠ると重度な脱水症状を引き起こします。ただし、一度にガブ飲みすると胃を刺激して嘔吐することがあるため、少量をこまめに与えるようにしてください。
2. 動物病院での下痢に対する診療フロー
下痢を主訴に来院された場合、獣医師はまず病期(急性or慢性)と重症度(軽症or重症)を問診します。次に、身体検査と糞便検査によって、処置および処方内容を決定します。もし経過が長く慢性の場合や、急性であっても重症で背景に何か疾患が疑われる場合、血液検査や画像検査によって疾患を鑑別していきます。
1. 問診と身体検査
いつから症状があるか、食欲の有無、嘔吐の有無、普段の食事内容、治療歴の有無、排便の特徴(性状、回数、色、量など)、誤食の可能性を詳細にお伺いします。それらによって検査・治療アプローチが変わる可能性があるからです。また、触診でお腹の張りや痛みをチェックし、体温や脱水の有無も確認していきます。
2. 糞便検査
軽症・重症を問わず、糞便検査は下痢診療において重要な項目です。顕微鏡で観察することで、芽胞菌(Clostridium属)の異常増殖や、腸内細菌全体のバランスを評価します。また、白血球が細菌を食べている様子(細菌貪食像)が確認されれば、大腸の粘膜が激しく損傷している証拠となります。これらは抗菌薬を処方するべきかの1つの判断材料になります。
3. 重症度に応じた追加検査
嘔吐がある、食欲がない、体重が減少しているなどの重症な例では、全身状態を評価するための血液検査、異物や腫瘍を確認するための腹部X線検査(レントゲン)、腹部超音波検査(エコー)を追加で実施します。
下痢の診察において、便検査を行うことは重要です。また、スマートフォンで便の写真を撮影しておくのも非常に役立ちます。
3. 実際の下痢の治療アプローチは?
原因不明の急性下痢に対する最初の治療としてはまず止痢薬(下痢止め)と整腸剤が選択されます。
また、下痢によって失われた水分を補うための皮下点滴も非常に一般的なアプローチです。一般的に、犬の急性下痢の多くは数日で自然に寛解してしまうと言われていますが、脱水を補正することで体力の回復を早めることが期待できます。様子を見るより来院いただくことをおすすめします。
もし検査によって膵炎などの疾患が発覚した場合や、著しい脱水や電解質異常を伴っている重症例においては、数日の通院または入院によって適切な薬剤の投与と持続点滴を行います。
前述の通り、糞便検査で芽胞菌が大量に確認された場合などは、初期から抗菌薬の処方を検討することもあります。その後、数日で便の状態を再評価し、改善が見られれば速やかに食事療法を中心とした維持管理へと切り替えていきます。
4. 下痢の治療で使用する薬は何か?
動物病院で処方する主要なお薬は次の通りです。
1. 止痢薬・粘膜保護薬
止痢薬としてはタンニン酸(収斂作用)、ベルベリン(殺菌・抗炎症作用)、ビスマス(粘膜保護作用)が含まれた合剤が頻繁に使用されますが、タンニン酸やビスマスを服用すると、便が黒色化することがあります。薬を飲ませた後に真っ黒な便が出ると上部消化管から出血したのではないかと驚かれる方がいらっしゃいますが、これは薬の成分による反応ですのでご安心ください。また、ロペラミドという強力に腸の運動を止め、水分の吸収を促す薬剤もありますが、感染性の下痢で使用すると毒素を体内に留めてしまう危険性があり、獣医師の慎重な判断が必要とされます。

ディアバスター錠(共立製薬、HPから引用)
犬の下痢で最も一般的に使用される止痢薬。
2. 駆虫薬
糞便検査でコクシジウムやジアルジアといった原虫(顕微鏡サイズの寄生虫)が検出された場合は、一般的な止痢薬は効きません。コクシジウムにはトルトラズリル、ジアルジアにはメトロニダゾールやフェンベンダゾールといった特異的な駆虫薬を使用します。
3. 抗菌薬(抗生物質)の慎重な使用
近年、獣医療における世界的な潮流として、薬剤耐性菌を生み出すリスクや腸内環境への悪影響を考慮し、「原因不明の急性下痢に対する抗菌薬のルーチン使用(とりあえず抗生剤を出すこと)は推奨されない」とされています。
健康な犬の腸内には多様な細菌がバランス良く生息し、免疫機能の維持を助けています。しかし、下痢を発症している犬の腸内では、この細菌の多様性が失われ、有害な細菌が異常増殖するディスバイオーシス(Dysbiosis)が発生しています。実際の研究でも、下痢をしている犬の腸内では、健康に有益な働きをする細菌群が減少し、毒素を産生するウェルシュ菌(Clostridium perfringens)などの割合が有意に増加していることが確認されています (Minamoto et al., 2014)。
抗菌薬はこのディスバイオーシスを引き起こす一因にもなるため、漫然とした長期投与は避けなければなりません。そのため、症状が改善した後は速やかにプロバイオティクス(善玉菌のサプリメント)や食事療法に移行し、乱れた腸内細菌叢を自力で回復させるサポートを行うことが現代の標準的な治療戦略です。

フォーティーフローラ(ピュリナ、HPから引用)
当院で積極的に処方しているプロバイオティクスで、嗜好性が高い。
中途半端に休薬すると、生き残った細菌が薬への耐性を持ち、次に同じ薬が効かなくなる「耐性菌」を生み出す原因となります。もし薬を飲んで逆に体調が悪化した場合は、必ず病院へ電話でご相談ください。
5. 下痢に対する自宅での食事管理の3つのポイント
犬が下痢や嘔吐をした場合、かつては「胃腸を休ませるために24〜48時間は絶食(水もご飯も与えない)させる」のが主流でした。しかし現在では、重度の嘔吐が続く場合を除き、早期に食事を再開することが推奨されています。なぜなら、小腸の粘膜細胞は、血液からだけでなく、腸の中を流れてくる食べ物から直接栄養を吸収して自己修復を行うからです。パルボウイルス腸炎や急性腹膜炎などの重症例においても、早期に食事の給与を開始した方が、腸管のバリア機能が早く回復し、入院期間の短縮や生存率の向上に寄与するという強力なエビデンスが蓄積されています (Mohr et al., 2003)。
食事管理においては、食物繊維と消化性が極めて重要な因子となります。
1. 大腸性下痢には「高繊維食」が第一選択
ゼリー状の粘液や鮮血が混じっている大腸性下痢の場合、食物繊維を豊富に含んだフードが第一選択です。食物繊維は腸の過剰な運動を正常化し、腸内細菌の餌となって腸粘膜を修復する短鎖脂肪酸を生み出します。動物保護施設の犬を対象とした臨床試験でも、可溶性および不溶性繊維をバランス良く配合した食事は、急性の大腸性下痢を早期に改善させることが実証されています (Lappin et al., 2022)。
2. 小腸性下痢や嘔吐がある場合は「高消化性・低脂肪食」
大量の水様便が出る小腸性下痢や、嘔吐を伴っている場合は、胃の排泄能や脂肪の吸収能力が落ちているため、胃腸に負担をかけない低脂肪で極めて消化吸収性の高い食事が適しています。
3. 少しずつ、回数を分けて与える
弱った胃腸に一度に大量の食べ物を入れると、処理しきれずに再び下痢を引き起こすリスクがあります。1日分の食事量を4〜6回程度に細かく分けて与え、ぬるま湯で少しふやかして消化を助ける工夫をしてあげましょう。
6. 愛犬の下痢ですぐ動物病院を受診すべきなのはどのような時?
下痢をしたら、動物病院を受診してください。下痢によって身体から水分が失われているため、症状の重症度に関わらず、皮下点滴によって脱水を補正することが最重要です。人間も体調が悪い時はスポーツドリンクを飲んで、水分とミネラルを補正します。
その上で、単に急性の下痢なのか、あるいは何か重大な疾患が隠れているのかを鑑別していきます。
飼い主様は単に便が緩いという事実だけでなく、愛犬の「全身状態」を総合的に観察し、獣医師にご自宅でのご様子を伝えるようにしてください。
| 観察するべきポイント | 比較的軽症の場合 | すぐに動物病院を受診すべき重症の場合 |
|---|---|---|
| 元気と食欲の有無 | いつも通りにおもちゃで遊び、食欲もある | ぐったりして動かない、好物も食べない、体重が減っている |
| 便の性状と色 | 軟便や泥状便だが、血液は混じっていない | 重度の軟便、水様便、真っ赤な鮮血便、または黒色便(タール便) |
| 嘔吐の併発 | 嘔吐は全くない、または1回のみで治まった | 何度も嘔吐する |
| 痛みのサイン | お腹を触っても嫌がらない | お腹を丸めて震えている、前肢を伏せてお尻を上げる(祈りのポーズ) |
| 年齢とワクチン歴 | 健康な成犬で、定期的な予防を行っている | ワクチン未接種の子犬、高齢犬、持病(心臓病や腎臓病)がある犬 |

←プレイバウと呼ばれる遊びたい時のポーズ 祈りのポーズ→
祈りのポーズをするのは腹痛があるから。
愛犬の急な下痢は日常的にも遭遇する症状ですが、その原因は一過性の軽いものから命に関わる重篤な疾患まで多岐にわたります。もちろん軽度な場合の方が多いですが、「そのうち治るだろう」と様子を見るのではなく、早期に動物病院を受診して適切な処方と水分補給(皮下点滴)を行うことが、愛犬の苦痛を和らげる一番の近道です。
また、現代の獣医療では「むやみな絶食を避けて早期に消化の良い食事を再開する」「抗菌薬に頼りすぎず腸内環境を整える」といった新しいアプローチが推奨されており、当院でも必要に応じてフードやプロバイオティクスのご案内をしています。
ただし、便全体が赤黒い血の海のような場合や、タールのように真っ黒な場合は重篤な消化管出血のサインですので、精査の必要があります。
7. 引用文献
- Minamoto Y et al. (2014) Prevalence of Clostridium perfringens, Clostridium perfringens enterotoxin and dysbiosis in fecal samples of dogs with diarrhea. Vet Microbiol. 174(3-4):463-73.
- Mohr AJ et al. (2003) Effect of early enteral nutrition on intestinal permeability, intestinal protein loss, and outcome in dogs with severe parvoviral enteritis. J Vet Intern Med. 17(6):791-8.
- Lappin MR et al. (2022) Efficacy of feeding a diet containing a high concentration of mixed fiber sources for management of acute large bowel diarrhea in dogs in shelters. J Vet Intern Med. 36(2):488-92.
この記事を執筆した先生は・・・
けいこくの森動物病院 獣医師 田口 仁
経歴
| 2022.9 | けいこくの森動物病院 研修生として勤務 |
| 2026.3 | 東京大学 獣医病理学研究室 卒 |
| 2026.4 | けいこくの森動物病院 獣医師として勤務 |
けいこくの森動物病院では、わんちゃんねこちゃんの一般診療はもちろん、歯科診療にも力を入れています。
東京都世田谷区、等々力、玉川、上野毛、尾山台、自由が丘、田園調布で愛犬・愛猫の体調にお困りの方はご相談ください。
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