2026/06/25
犬の慢性腸症(CE)は比較的ざっくりとした病気の分類で、慢性腸症の中にもいろいろな病態が存在しているため、診断を受けて獣医師から説明を受けても診察室の中では理解しきれなかった飼い主様もいらっしゃるかもしれません。愛犬の長引く下痢に病院用のフードを処方されたけど、薬は処方してもらえなかったと不安な気持ちになられているでしょうか。大丈夫です。獣医学的にはそれはそれで正しいのです。なぜでしょうか。
本記事は慢性腸症の病態・原因と治療法を獣医師が解説しました。食事療法、抗菌薬、免疫抑制剤と進む治療のステップや、内視鏡検査が必要なタイミング、自宅で気にしてほしい症状など、飼い主様が気になる情報をまとめました。愛犬の健やかな腸内環境を取り戻すための完全ガイドとしてお役立てください。
特に読んでもらいたい方:愛犬の長引く下痢や軟便、体重減少などに悩み、情報を探している飼い主様。慢性腸症と言われたがよくわからなかった飼い主様。
目次
1. 犬の慢性腸症はどのような病気?
犬の「慢性腸症(CE:Chronic Enteropathy)」は、下痢や嘔吐などの消化器症状が3週間以上続き、他の消化器疾患(感染症、寄生虫、腫瘍など)が除外され、消化管外にも疾患がない時に診断されます。以前は長引く原因不明の腸炎は「IBD(炎症性腸疾患)」と呼ばれていました。現在は慢性腸症と呼ばれるようになり、その分類は、食事反応性腸症、抗菌薬反応性腸症、免疫抑制剤反応性腸症に整理されました。これらは検査によって診断するのではなく、治療反応性によって、食事療法で症状が改善するもの、抗菌薬で症状が改善するもの、免疫抑制剤で症状が改善するものに分けられています。

慢性腸症の概念
慢性腸症において、腸粘膜の炎症が重度になると粘膜に存在するリンパ管が拡張し、血液中のタンパク質(アルブミン)が腸管に漏れ出る病態に進行することがあります。これを「蛋白漏出性腸症(PLE)」と言います。アルブミンは血管内に水分を留めておくスポンジのような役割をしています。アルブミンが不足することで、血管内に水分を保持することができなくなるため、浮腫や腹水といった症状がみられるようになります。

リンパ管が拡張している腸粘膜の超音波画像(十二指腸)
黒い部分は腸管で、ところどころ縦に白い線が入っているのが特徴
2. 犬の慢性腸症を引き起こす主な原因
慢性腸症の原因は、その分類と同様に、主に食事性、細菌性、遺伝性に分けられます。
1. 食事性:食物に対する過敏な反応(アレルギー)
ドッグフードに含まれる特定のタンパク質(牛肉、鶏肉、乳製品など)や添加物に対して、腸の免疫系が過剰に反応してしまうことが原因です。広い意味では食物アレルギーと考えてもらえばわかりやすいかもしれません。食物アレルギーでは、通常は消化器症状に加えてかゆみがあります。
食物アレルギーについてのブログはこちら→今日から始める食物アレルギーの食事療法
食事の変更だけで症状が改善するケースは慢性腸症の犬の大半を占めていて、慢性腸症と診断された犬70頭に療法食を10日間給餌することで、39頭で症状が改善したという報告があります(Allenspach et al., 2007)。また、慢性特発性大腸性下痢の犬27頭に療法食とサイリウム(食物繊維)を数ヶ月給餌することで、26頭で症状が改善しました(Leib MS, 2000)。
2. 細菌性:腸内細菌叢のアンバランス
健康な腸内には善玉菌と悪玉菌がバランス良く存在していますが、小腸内の細菌数を制御するメカニズムが破綻して、細菌のバランスが崩れることで腸に慢性的な炎症を引き起こすと考えられています。現在は細菌の「数」よりも「種類の乱れ」に着目されるようになり、抗菌薬によって細菌のバランスを整えるほか、獣医学全体でサプリメントも活用する風潮があります。
3. 遺伝性:遺伝的背景と自己免疫の異常
犬自身の免疫系が暴走し、自分の腸粘膜を攻撃してしまう自己免疫疾患のような状態です。これには犬種による遺伝的な背景も強く関わっています。
- 柴犬: 他の犬種に比べて重症化しやすく、治療に抵抗性を示す慢性腸症が多い。
- ジャーマン・シェパード: 腸の免疫に関わる遺伝子変異を持ち(はっきりとはわかっていない)、お腹が弱い傾向がある。
- ヨークシャーテリア、マルチーズ: 腸リンパ管拡張症(PLEの原因)を起こしやすい。
3. 自宅で気付ける愛犬の症状と、動物病院を受診するべきタイミングはいつ?
慢性腸症の症状は、「小腸」が悪いのか「大腸」が悪いのかによって特徴が異なります。
| 病変の部位 | 代表的な症状 | 特徴 |
|---|---|---|
| 小腸性下痢 | 大量の水様便、嘔吐、体重減少 | 栄養を吸収する小腸がダメージを受けるため、食べているのに痩せていくのが特徴です。 |
| 大腸性下痢 | ゼリー状の粘液便、血便、しぶり(何度もいきむ) | 便の回数が増え、排便時に辛そうにするのが特徴です。体重減少はあまり見られません。 |
こんな時様子はありませんか?
- 下痢や軟便が続いている(良くなったり悪くなったりを繰り返す場合も含む)。
- 食欲はあるのに痩せてきた(体重減少)。
- お腹が異常に膨らんできた(腹水が溜まっている可能性があります)。
- 手足がむくんでいる(浮腫)。
- 元気がなく、ぐったりしている日が増えた。
特に体重減少と腹水、浮腫は、蛋白漏出性腸症(PLE)の可能性があります。これらが見られた場合は、数日様子を見るのではなく、早急に動物病院を受診して対処するようにしましょう。
4. 動物病院で行う慢性腸症の検査と治療ステップとは?
慢性腸症を診断するために、寄生虫や感染症を除外した上でまずは「消化管以外の病気」を除外する検査から始めます。膵外分泌不全(膵臓の病気)、副腎皮質機能低下症(ホルモンの病気)、肝疾患や腎臓疾患でも長引く下痢が起こるためです。
慢性腸症の治療ステップ
基礎疾患が除外された場合、以下のステップに沿って治療を行い、どの治療に反応するかを確認しながら診断を進めます。
- 食事反応性腸症(FRE):まずは食事療法を行います。消化に良い「低脂肪食」や、アレルギーを起こしにくい「新奇蛋白食」「加水分解食」に変更します。多くの場合で2週間以内に症状の改善がみられ、反応がない場合は長くても4週間で次に進みます。
- 抗菌薬反応性腸症(ARE):食事で改善しない場合、腸内環境を整える抗菌薬を試験的に投与します。ここでは数日で改善がみられることが多く、反応がない場合は長くても2週間で次に進みます。もちろん、薬剤耐性菌の問題から長期使用は控えなければなりません。
- 免疫抑制剤反応性腸症(IRE):食事の変更や抗菌薬で治らない場合、自分の免疫が腸粘膜を攻撃していることを想定して、プレドニゾロンなどの免疫抑制剤を使用します。
- 治療抵抗性腸症(NRE)およびリンパ腫:免疫抑制剤にも反応しない場合、難治性の腸症や、消化器型のリンパ腫が疑われます。

ピュリナ EN 消化器ケア(ピュリナHPより引用)
当院で処方している療法食で、低脂肪、消化しやすいタンパク質、食物繊維を配合している
内視鏡検査の重要性
ステップ3に進んだ際、強く推奨されるのが内視鏡検査と生検(病理組織検査)です。
内視鏡検査では、全身麻酔下で、内視鏡で腸の内側を直接観察して肉眼的な病変の有無を調べます。その際に腸粘膜の一部を採取して病理組織検査を行います。内視鏡検査の目的は、「炎症」なのか、「腫瘍(リンパ腫)」なのかをはっきりさせることです。ただし、病理学においても、慢性腸症における腸粘膜の炎症像と小細胞性リンパ腫の組織像とのはっきりとした線引きはついていないのが現状です。
試験的に免疫抑制剤を使っても症状が改善しない場合や、超音波検査で腸粘膜が分厚くなっている場合に強く推奨されます。腸粘膜に発生する腫瘍であるリンパ腫を見逃さないためです。
5. 愛犬の慢性腸症に対して何か自宅でできることは?
慢性腸症の治療はご自宅でのケアが重要です。
1. 厳密な食事管理(おやつ制限)
食事反応性腸症において試験的に食事の変更を実施する場合、獣医師から処方された療法食以外のものは一切与えないことが鉄則です。ほんの一口の市販のおやつや、人間の食べ物の切れ端を与えただけで、腸の炎症が再燃し、振出しに戻ってしまうことは多々あります。
一方で、療法食を3〜4ヶ月程度続けたあとは、元の食事に戻すことができる可能性が高いことがわかっています(Allenspach et al., 2007)。
適切な治療後に元の食事に戻すことができる可能性が高いことがわかっています。獣医師と相談しながら、長期的に治療していきましょう。
2. 低脂肪食と高繊維食の使い分け
- 低脂肪食:小腸性下痢、消化吸収不良がある、蛋白漏出性腸症(PLE)の場合、脂肪の吸収は腸の負担になるため極めて脂肪分の少ない「低脂肪食」がメインの治療となります。特に、組織学的にリンパ管拡張症の場合は「超低脂肪食」と呼ばれる、ポテトとささみを1:2の割合で 混ぜた食事が考案されています(Okanishi et al., 2014)。
- 高繊維食:大腸性下痢の場合は、可溶性繊維(水分を吸ってゼリー状になる食物繊維)を多く含む療法食が有効な場合があります。
3. 血栓症の予防と観察(PLEの場合)
蛋白漏出性腸症(PLE)の場合、血液中のタンパク質(アルブミン)と一緒に「血栓(血の塊)の形成を防ぐタンパク質」も腸から漏れ出ています。そのため、血栓ができやすい非常に危険な状態になります。ご自宅では「突然呼吸が荒くなる」「足を引きずるように歩く」といった異常がないか、注意深く観察してください。
6. 獣医師からのまとめ
犬の慢性腸症(CE)は、決して珍しい病気ではありません。慢性腸症の診断・治療には定められた手順があり、「基礎疾患の除外」→「食事療法」→「抗菌薬」→「免疫抑制剤」という正しいステップを踏むことが、正確な診断・治療のために、遠回りに見えて実は一番の近道です。
愛犬の便の異常に気付けるのは、毎日お世話をしている飼い主様だけです。「いつもこれくらいの軟便だから大丈夫」と思っていても一度相談していただくことをおすすめします。いつも軟便で体格も少し痩せているなど体質と思っていても、適切な治療介入で体重が増えていくことがあります。便の写真を撮って見せていただくのも獣医師にとって大切な情報源になります。
7. 引用文献
- Allenspach K et al. Chronic enteropathies in dogs: evaluation of risk factors for negative outcome. J Vet Intern Med. 2007;21(4):700-8.
- Leib MS. Treatment of chronic idiopathic large-bowel diarrhea in dogs with a highly digestible diet and soluble fiber: a retrospective review of 37 cases. J Vet Intern Med. 2000;14(1):27-32.
- Okanishi H et al. The clinical efficacy of dietary fat restriction in treatment of dogs with intestinal lymphangiectasia. J Vet Intern Med. 2014;28(3):809-17.
この記事を執筆した先生は・・・
けいこくの森動物病院 獣医師 田口 仁
経歴
| 2022.9 | けいこくの森動物病院 研修生として勤務 |
| 2026.3 | 東京大学 獣医病理学研究室 卒 |
| 2026.4 | けいこくの森動物病院 獣医師として勤務 |
けいこくの森動物病院では、わんちゃんねこちゃんの一般診療はもちろん、歯科診療にも力を入れています。
東京都世田谷区、等々力、玉川、上野毛、尾山台、自由が丘、田園調布で愛犬・愛猫の体調にお困りの方はご相談ください。
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