2026/06/15
猫の慢性歯肉口内炎は通常の歯周病とは異なり、猫自身の過剰な免疫反応によって歯肉および口腔粘膜(喉の近くや頬の部分)に炎症を引き起こす難治性の疾患です。通常は内服薬ではコントロールできず、抜歯(全顎抜歯・全臼歯抜歯)が推奨されます。
特に読んでほしい方:愛猫がよだれを垂らしている、口を痛がってご飯を食べられない、ステロイドや抗生剤などの内科治療を続けているが改善がなく心配されている飼い主様。
目次
1. 猫の慢性歯肉口内炎とは何か?
猫の慢性歯肉口内炎は、口腔粘膜に広範囲かつ重度な潰瘍性の炎症を引き起こす、免疫介在性(免疫の異常が関与する)の病気です。
一般的に犬や猫に見られる歯周病は、歯垢(プラーク)や歯石中の細菌が原因で歯肉(歯ぐき)に局所的な炎症が起こる病態です。しかし、慢性歯肉口内炎の最大の特徴は、その炎症が起こる場所と激しさにあります。
歯の表面に付着した、普通は全く問題にならないほどのごくわずかな歯垢中の細菌(バイオフィルム)に対して、免疫系が異常にアレルギー反応(プラーク不耐性)を起こしてしまいます。その結果、歯肉だけでなく、口腔粘膜、さらには「口峡部(こうきょうぶ)」と呼ばれる喉の奥の粘膜にまで、真っ赤に腫れ上がる重度の炎症が広がります。
この喉の領域にみられる粘膜の腫れは診断する上で最も重要なサインです。

慢性歯肉口内炎の症例。
頬〜喉にかけての口腔粘膜が赤く腫れ、ただれている(潰瘍)。
2. なぜ歯肉口内炎が発症するのか?
今のところ猫の慢性歯肉口内炎は複数の要素が関係して発症する多因子性の疾患であると考えられ(Soltero-Rivera et al., 2023)、具体的には以下の3つが重要視されています。
① 細菌に対する過剰な免疫応答(プラーク不耐性)
上述の通り、最も根本的な病態は、歯に付着する微量な歯垢(プラーク)中の細菌に対する「免疫の暴走」と言われています。
健康な猫であれば無視できる程度の細菌に対し、慢性歯肉口内炎の猫では形質細胞やリンパ球(特にCD8陽性T細胞)といった免疫細胞が口腔粘膜に過剰に集積します。そして、自らの組織を破壊する強い炎症性サイトカイン(炎症を促進するタンパク質)を大量に放出してしまうことで、潰瘍が形成されます。
② ウイルス感染の関与
多くの研究で、「猫カリシウイルス(FCV)」の関与が強く疑われています。慢性歯肉口内炎を患う猫の口腔内から高確率でFCVが検出されることが分かっており、このウイルスが免疫系を乱す可能性について検討されています。また、「猫免疫不全ウイルス(FIV)」や「猫白血病ウイルス(FeLV)」に感染している猫は、全身の基礎免疫力が低下するため、口内炎が重症化しやすく、治療への反応も悪くなる(難治化する)傾向があります。
③ その他の感染症や環境要因
Bartonella henselae(バルトネラ菌)などの特殊な細菌感染が、炎症を増幅させる修飾因子として関与している可能性も指摘されています。さらに、多頭飼育による慢性的なストレスなども、免疫バランスを崩す一因となります。
ステロイドは一時的に免疫を強力に抑え込むため、初期は劇的に痛みが消えます。しかし、原因(歯垢)が残っている限り再発し、徐々に薬が効かなくなるケースがほとんどです。次第に薬の増量が必要になり、医原性の肝機能障害や、深刻な感染症などの命に関わる副作用のリスクが高まります。
3. 自宅で気付ける初期症状と悪化のサインは?
猫は痛みを隠す本能がある動物ですが、慢性歯肉口内炎の強い痛みに関しては、日常生活の様々な場面でSOSのサインを出します。早期にこれらのサインに気づき、適切な治療介入を行ってください。
- 初期のサイン:口臭が強くなる、あくびの時に痛がる、おもちゃで遊ばなくなる、毛づくろいの回数が減って毛並みが悪くなる。
- 進行したサイン:食欲はあるのにお皿の前で躊躇する。ご飯を口に入れても吐き出してしまう。あるいは、首を激しく振って食べ物を落とす。片側の歯だけで咀嚼しようと不自然な食べ方をする。
- 重症期のサイン:常に口からよだれ(血が混じっていることもある)を垂らしている。前足で口の周りを何度も引っ掻くようにする。痛みのために水も飲めなくなり、急激な体重減少と脱水がみられる。
4. 動物病院ではどのような検査を行うのか?
診断を確定させ、隠れた病変・よく似た疾患を見逃さないために、やはり全身麻酔下で詳細な検査と処置を行います。
① 口腔内視診およびプロービング検査
全身麻酔下の痛みのない状態で口の奥深くまで観察し、口蓋舌弓(喉の奥)に左右対称の潰瘍性病変があるかを確認します。また、歯周ポケット(歯と歯肉の隙間)にプローブと呼ばれる器具を挿入し、歯周病の進行度や、歯が溶けてしまう「吸収病巣」がないかを確認します。当院では歯科処置においてルーチンで行い、すべての症例のすべての歯に対して歯科診断表を作成しています。
② 歯科用レントゲン検査
慢性歯肉口内炎の治療において最も重要な検査です。
小さなフィルムを口の中に入れて撮影し、歯の根元(歯根)や顎の骨の状態を評価します。過去に自然に抜けた、あるいは他院で抜歯したと思われていた歯でも、実は歯肉の中に歯の根っこが残っており(残根)、それが抗原となって激しい炎症を引き起こしていることが多くあります。
③ 組織生検(バイオプシー)
口の奥の腫瘍(特に扁平上皮癌などの悪性腫瘍)や、好酸球性肉芽腫など、慢性歯肉口内炎と似た症状を引き起こす別の疾患を除外するため、炎症を起こしている組織の一部を切り取り、病理組織検査を行うことがあります。病理検査では、この歯肉口内炎はリンパ球性形質細胞性口内炎と診断されます。
慢性歯肉口内炎の猫は、わずかな細菌に対しても異常なアレルギー反応を示します。どんなに完璧に歯磨きをしても、歯が口の中にある限り細菌をゼロにすることは不可能です。そのため、免疫の標的となる細菌が繁殖する土台(つまり歯)そのものをなくす外科的介入が必要になります。
5. 有効な治療は抜歯のみ
現在の獣医歯科学において、猫の慢性歯肉口内炎に対する最も有効かつ根本的な治療法は抜歯であると広く合意されています。
なぜ健康に見える歯まで抜くのか?
過剰な免疫反応の標的となっているのは歯の表面に付着する歯垢(プラーク)中の細菌です。そのため、歯垢細菌が付着する土台である「歯そのもの」を口腔内から完全に無くしてしまい、免疫の暴走を物理的にストップさせなければ、炎症がおさまることはありません。内服薬は術後の回復の手助けのため補助的に使用するのが有効です。
手術には、切歯(前歯)と犬歯を残してすべての奥歯を抜歯する「全臼歯抜歯(ぜんきゅうしばっし)」と、全ての歯を抜歯する「全顎抜歯(ぜんがくばっし)」があります。犬歯の周囲に炎症がない場合は全臼歯抜歯を選択する場合もありますが、炎症が波及している場合は全顎抜歯が必要となります。
過去の報告(Jennings et al., 2015)によれば、抜歯治療を行った猫の67.4%で、完全に治癒または劇的な改善が認められました。そのうちの68.8%は良好な治療成績のため長期的な内服が必要でした。
実際には抜歯は高度な技術を要する
全臼歯抜歯および全顎抜歯において、抜歯時に歯の根っこ(歯根)が少しでも顎の骨の中に残ってしまう(残根)とそこから再び強い炎症が誘起されることもあるため、技術を要します。
当院では歯科診断において必ず全ての歯に対する歯科レントゲンを撮影していますが、抜歯後にも必ずその部分の歯科レントゲンを撮影し、残根がないことを確認しています。

←抜歯前 抜歯後→
必ず残根が無いことを確認している。
もともと肉食動物である猫の歯は、獲物を引き裂くためのものであり、人間のようによく噛んですり潰すための臼状の構造にはなっていません。噛んで食べているように見えますが、実は普段からドライフードを丸呑みしている猫がほとんどです。炎症による痛みが解消されるため、歯が一本もなくても、術後2〜3週間でドライフードを食べられるようになる子がほとんどで、体重も増加していきます。
6. 抜歯手術後には自宅でどのようなケアが必要か?
「歯を全部抜いてしまって、この子はこれからどうやって生きていくのか?」
これは、抜歯を提案された全ての飼い主様が直面する大きな不安です。しかし、獣医師として自信を持ってお伝えしますが、猫のQOL(生活の質)は、抜歯によって驚くほど劇的に向上します。
術後のケアとして重要なのは、抜歯後の一時的な痛みのコントロールと食事の工夫です。
- 徹底した疼痛管理:手術後数日間は、医療用の強力な鎮痛剤(オピオイド系の鎮痛薬やNSAIDsと呼ばれる非ステロイド性消炎鎮痛薬)を用いて痛みを徹底的に和らげます。また、抗生物質(クリンダマイシンやアモキシシリンなど)を処方することが多いです。お薬は必ず獣医師の指示通りに飲ませ切ってください。
- 柔らかい食事の提供:傷口(縫合部)が塞がって安定するまでの約1〜2週間は、ウェットフードや、ドライフードをお湯でふやかした柔らかい食事を与えてください。その後はドライフードを食べられるようになります。
抜歯後も炎症が残る難治性の症例への次の一手
全顎抜歯を行っても炎症が引ききらない「難治性」のケースが稀に存在します。しかし、抜歯が無駄だったわけではありません。抜歯によって口腔内の抗原の絶対量を減らすことができているので、その上で、以下のようなアプローチを組み合わせる方法があります。
近年では免疫抑制剤であるシクロスポリンを用いたり、当院では炭酸ガスレーザーを用いた最新の治療を試みています。
さらに間葉系幹細胞(MSC)療法などの再生医療も注目されています。静脈内に幹細胞を投与することで全身の免疫バランスを調整する治療法であり、慢性歯肉口内炎に対する有効な治療の一つとして報告されています(Arzi et al., 2020)。
ウイルスによって基礎的な免疫力が低下しているため、健康な猫に比べると抜歯後の炎症が残りやすかったりすることは事実です。しかし、抗原である歯を取り除かなければ症状は悪化する一方であるため、痛みを和らげるために抜歯治療は強く推奨されます。
7. 毎日の生活で実践できる慢性歯肉口内炎の予防と再発防止策は?
完全に予防する確実な方法はありませんが、処置後の口腔内環境を良く保つためのケアは存在します。
- 徹底したデンタルケア:全顎抜歯ではなく、犬歯や切歯を残した全臼歯抜歯を行った場合、残った歯に歯垢がつくとそこから炎症が誘起されることがあります。残った歯に対しては、柔らかな歯ブラシやデンタルジェルを用いた毎日のケアが必須です。
- ストレスのない生活環境:猫の免疫系はストレスに非常に敏感です。多頭飼育による不和や、騒音、不衛生なトイレなどは慢性的なストレスとなり、免疫バランスを崩すこともあります。猫が安心できる隠れ家を用意し、リラックスできる環境を整えましょう。
- 定期的な検診:少しでも口臭がきつくなったり、よだれが増えたりした場合は、様子を見ずにすぐに動物病院を受診してください。
8. まとめ:愛猫を慢性歯肉口内炎の激痛から救うためにできること
猫の慢性歯肉口内炎は食事も水分も摂れなくなり、体重が減って痩せていく疾患です。
「薬を飲ませていればいつか治る」という期待は、この病気に関しては当てはまりません。なぜなら、ステロイドの長期投与は一時しのぎに過ぎず、必ず副作用があるからです。
大切な歯を全て抜くという決断は、飼い主様にとって身を切るような思いかもしれません。しかしながら、「歯があっても痛みがあり、ご飯をうまく食べられない生活」よりも、「歯は一本もなくても痛みがなく、ご飯をお腹いっぱい食べられる生活」のほうが、猫にとってははるかに幸せなQOL(生活の質)をもたらします。
「最近、ご飯を食べる時に奇声をあげる」「よだれに血が混じる」などの症状があれば、すぐにご相談ください。
9. 引用文献
- Soltera-Revera M et al. Feline chronic gingivostomatitis current concepts in clinicalmanagement. J Feline Med Surg. 2023;25(8):1098612X231186834
- Jennings MW et al. Effect of tooth extraction on stomatitis in cats: 95 cases (2000-2013). J Am Vet Med Assoc. 2015;246(6):654-60.
- Arzi B et al. Therapeutic Efficacy of Fresh, Allogeneic Mesenchymal Stem Cells for Severe Refractory Feline Chronic Gingivostomatitis. Stem Cells Tramsl Med. 2017;6(8):1710-22.
この記事を執筆した先生は・・・
けいこくの森動物病院 獣医師 田口 仁
経歴
| 2022.9 | けいこくの森動物病院 研修生として勤務 |
| 2026.3 | 東京大学 獣医病理学研究室 卒 |
| 2026.4 | けいこくの森動物病院 獣医師として勤務 |
けいこくの森動物病院では、わんちゃんねこちゃんの一般診療はもちろん、歯科診療にも力を入れています。
東京都世田谷区、等々力、玉川、上野毛、尾山台、自由が丘、田園調布で愛犬・愛猫の体調にお困りの方はご相談ください。
LINEまたはWEB予約から24時間いつでもご予約いただけます。
診療時間内でしたら、お電話でのご予約も承っています。




