2026/06/11
3歳以上の犬猫の約80%が歯周病を抱えています。
(Hamp SE et al.,1984)(Kortegaard HE et al., 2008)(Stella JL et al., 2018)
犬や猫の口腔内のトラブルは「歯周病」と呼ばれ、その中には「歯肉炎」と「歯周炎」という二つの病態がありますが、「歯肉炎」の段階であれば適切な処置で、健康な歯肉が再生します。しかし「歯周炎」の段階では、歯を支える骨が溶けてしまい、元の状態には戻ることはありません。本記事では、両者の違いを理解した上で、自宅でのデンタルケアと動物病院での専門的な処置を組み合わせることで大切な愛犬・愛猫の歯を守り、健康寿命を伸ばす(QOLを維持する)方法を解説します。
特に読んでほしい方:愛犬・愛猫の口臭や歯石が気になり始め、動物病院での歯科処置(歯石除去とクリーニング)を検討している飼い主様。
目次
1. 歯肉炎と歯周炎の決定的な違いは何か?
歯肉炎は「可逆的(治癒して元に戻る)」な病態であり、歯周炎は「不可逆的(一度進行すると二度と元の状態には戻らない)」な病態を指します。
健康な犬や猫の歯肉(歯ぐき)は薄く、歯と接する縁の部分は鋭角を示し、珊瑚のような明るいピンク色(コーラルピンク)をしています。

健康な歯肉(7ヶ月齢の犬歯)
歯肉炎とは、文字通りこの歯肉のみに認められる炎症のことで、歯の表面に付着した歯垢(プラーク)の中の細菌が原因で引き起こされます。

腫れぼったく、赤みのある歯肉(歯肉炎)
ここで最も重要な事実は、歯肉炎の段階では、歯周組織(歯根膜や歯槽骨など)は「まだ破壊されていない」ということです。歯と歯肉の接着力は維持されているため、原因となる汚れ(歯垢)さえ綺麗に取り除いてしまえば、歯肉炎は治癒し、元の健康なピンク色の歯肉に戻すことができます。
歯周組織とは歯を囲み支える土台となる組織のことで、歯の根元の表面を覆うセメント質、クッションの役割を果たす歯根膜、そして歯が埋まっている顎の骨である歯槽骨によって構成されます。
一方で、歯肉炎を放置し、炎症が歯肉のさらに奥深くへと進行した状態が歯周炎です。歯周炎では、歯垢内の細菌が歯肉のほかに歯周組織にも炎症を起こします。正常なセメント質や歯根膜、そして一度溶けてしまった顎の骨は、自然に再生することはなく、不可逆的な変化です。

顎の骨が溶けてしまっている症例(上の写真とは別症例)
最終的には歯がグラグラになり、抜け落ちてしまうだけでなく、細菌が血流に乗って様々な全身疾患(心臓病や腎臓病など)の引き金となることがあります。
2. そもそもなぜ犬や猫は歯周病を発症するのか?
食事をした後、歯の表面には食べかすを栄養源に細菌が繁殖し、歯垢(プラーク)と呼ばれるネバネバした膜を形成します。人間の場合、この歯垢が硬い歯石に変化するまでには約20〜25日かかると言われています。しかし、犬の唾液は人間よりもアルカリ性であるため、カルシウムが沈着しやすく、約3〜5日という短期間で歯石へと変わってしまいます。猫も約1週間で歯石になります。
一度ついた歯石は家庭での歯ブラシでは落とすことができず、また歯石の表面は歯垢がつきやすい状態になっています。
歯肉縁上(目で見える歯の表面)に形成された歯垢が数日以内に除去されない場合、歯肉辺縁の炎症を引き起こしながら、細菌は歯肉縁下(歯と歯ぐきの隙間である歯周ポケットの中へと侵入し始めます。
ここで細菌の種類に変化が起こります。
歯の表面などの空気に触れる場所では主に好気性(酸素を好む)のグラム陽性細菌が繁殖しますが、歯周ポケットの奥深くでは酸素が届かないため嫌気性(酸素を嫌う)のグラム陰性細菌が増殖し始めます。この嫌気性のグラム陰性細菌こそが、歯周炎を重症化させます。
歯肉縁下に増殖したグラム陰性細菌は、その細胞壁にLPS(リポ多糖)という強力な内毒素を持っています。このLPSに対して体内の免疫系が反応し、PGE2(プロスタグランジンE2)やIL-1(インターロイキン-1)といった炎症性メディエーターやサイトカインを分泌します。これにより活性化した白血球がタンパク質分解酵素や活性酸素種を周囲にバラ撒き、細菌だけでなく、自分自身の歯根膜や歯槽骨までも溶かして、組織破壊を進行させてしまうのです。
特に、歯肉縁下に潜む嫌気性のグラム陰性菌がタンパク質を分解する際に放つ「揮発性硫黄化合物(メチルメルカプタンなど)」というガスが、強い悪臭の原因です。口臭が強いということは、目に見えない歯ぐきの奥深くで歯周病細菌が繁殖している証拠と言えます。
3. 自宅で気付ける初期症状
犬や猫は言葉で「歯が痛い」とは言えませんし、痛みを隠そうとする本能もあります。
そのため、飼い主様が日常の些細な行動の変化から、口の中のSOSサインを読み取る必要があります。歯周炎に起因する不快感や痛みは、以下のような行動の変化をもたらすことがあります。
- 食欲が落ちた
- 食べるのに時間がかかる
- ドライフードなどの硬いものを避け、ウェットフードなどの柔らかいものを好むようになる
- ドライフードやおやつを噛まずに、丸飲みする
- ご飯の最中に、口から食べ物をポロポロとこぼす
- 片側の歯だけで咀嚼しようと、首を傾けながら食べる
- ボール遊びや、ロープの引っ張り合いなど、口を使った遊びをしなくなる
- あくびをした時や、顔を近づけた時に強い口臭を感じる
- 顔の周りや口元を触られるのを嫌がる
- 以前はできていた歯みがきを嫌がる
- 前足で口元を擦るような仕草をする
初期の歯肉炎では、まず歯肉の発赤と辺縁部の鈍縁化(シャープだった歯ぐきの縁が丸く腫れぼったくなること)が認められます。炎症が進行すると、おもちゃを噛んだ時や、歯みがきの最中に歯肉から容易に出血するようになります。
当院でも、重度の歯周炎に対して抜歯などの適切な処置を行うことで、食欲が回復したという症例を日常的に経験します。
4. 歯周病はどのように進行していくか?
獣医歯科学において、歯周病はその進行度(アタッチメントロス:歯を支える組織が本来の位置からどれだけ失われたか)によって、国際的な基準で4つのステージに分類されます。
- ステージ1(初期・歯肉炎):歯の表面に歯垢や歯石が付着し、歯肉の縁が赤く腫れていますが、歯槽骨の融解は起きていません。この段階であれば、適切なクリーニングを行うことで元の健康な状態に戻すことができます。
- ステージ2(早期の歯周炎): 歯肉の炎症が歯周組織に波及し始めた段階です。最大25%までのアタッチメントロスが認められます。レントゲン上で歯槽骨がわずかに溶け始めていますが、歯の動揺(ぐらぐら)はまだありません。
- ステージ3(中等度の歯周炎): 25%から50%のアタッチメントロスが認められます。歯槽骨が大きく溶けているのが明確に確認でき、プローブが深く入り込みます(深い歯周ポケットがあります)。歯の動揺があります。
- ステージ4(進行した重度の歯周炎): 50%以上のアタッチメントロスが認められます。歯槽骨が大きく溶けているのが明確に確認でき、歯の動揺は重度で、強い痛みを伴います。
5. どのような検査を行うか?
動物病院を受診された際、「口の中をチラッと見て、歯石がついているから歯周病ですね」という単純な診断だけでは、実は病気の氷山の一角しか把握できていません。本当に重要な「歯周炎の進行度(顎の骨がどれだけ溶けているか)」は、目視だけではわからず、全身麻酔下で詳細な評価を行います。
① プロービング検査(歯周ポケットの測定)
「プローブ」と呼ばれる、ミリ単位の目盛りがついた細い金属の器具を使用します。

プローブの先端
これを歯と歯肉の隙間(歯周ポケット)にそっと挿入し、ポケットの深さを一本一本の歯で全周にわたって測定します(プロービングと言います)。
当院では6点法で測定しています(1本の歯に対して6箇所のポケットの深さを測っています)。
健康な犬の歯周ポケットの深さは1〜2mm程度(猫では1mm程度)ですが、歯周炎が進行していると、プローブが奥深く入り込んで、5〜10mmに達することもあります。これにより、目に見えない歯肉縁下での組織破壊の程度を正確に数値化します。
② 歯科用レントゲン検査
プロービング検査と並んで必須となるのが、歯科用の特殊なレントゲン検査です。

犬の下顎第1後臼歯のレントゲン画像
小さなフィルムを口の中に入れて、口の外からX線をあてて撮影し、歯の根元(歯根)や顎の骨(歯槽骨)の緻密な状態を鮮明に映し出します。これにより、目視では綺麗に見える歯の根元で密かに骨が溶けていることや、歯の根の先に膿(根尖周囲病巣)ができていることを発見できます。
人間も歯磨きを毎日しますが、定期的に歯医者に通います。わんちゃんも同様に、自宅でのケアと定期的なクリーニングを組み合わせて、歯の健康を保ってください。
6. 歯周病にはどのような治療を行うか?
歯周病治療の目的は、単に「見た目を白く綺麗にすること」ではありません。「感染源を排除し、これ以上の組織破壊を食い止めること」が最大の目的です。
基本的な予防的歯科処置では次の処置を行います。
スケーリングとルートプレーニング(SRP)
超音波スケーラーという機器を用い、細かい振動と水流で歯の表面の硬い歯石を除去します(スケーリング)。
しかしこれだけでは不十分で、本当に重要なのは、歯ぐきの奥深く(歯周ポケット内)に潜む歯垢・歯石と細菌の塊を、キュレットという専用の器具を使って削り取ることです。さらに、細菌の毒素によって汚染された歯の根の表面を滑らかに削り整え、新たな汚れがつきにくくします(ルートプレーニング)。
ポリッシング(研磨)と抜歯
SRPの後は、専用のペーストと柔らかいラバーカップを用いて歯の表面をツルツルに磨き上げるポリッシングを必ず行います。
ステージ3やステージ4まで進行し、周囲の骨が大きく溶けてしまっている歯は、残しても細菌の温床となるため抜歯を行います。機能歯と呼ばれる、食べ物を食べるための最も重要な歯(奥歯)を守るために、周囲の歯を抜歯することもあります。
もし、これらの治療を行わずに放置し、症状が進行すると、以下の合併症のリスクがあります。
- 下顎骨の骨折: 小型犬はもともと顎の骨が薄いため、歯周炎によって重度の骨吸収を起こした場合、わずかな圧力(硬いおやつの咀嚼など)によっても下顎骨の骨折が起こることがあります。
- 口腔鼻腔瘻(こうくうびくうろう): 上顎の犬歯の根元で骨が溶けると、口と鼻腔に穴が空いて繋がってしまうことがあります。犬で中程度〜重度の歯周病にくしゃみが伴う場合、口腔鼻腔瘻の存在を疑います。
- 全身臓器への影響: 歯周ポケット内で増殖した細菌が血流に乗り、心臓病(僧帽弁閉鎖不全症の悪化など)や腎臓病、肝臓の疾患に悪影響を及ぼすリスクが多くの研究で指摘されています(Pereira Dos Santos JD et al., 2019)。
表面の汚れは取れて見た目は綺麗になりますが、本当に重要な歯肉縁下(歯周ポケット内)の清掃が全くできていません。痛みを伴うため、処置中に暴れて口腔内を傷つけるリスクや、細かい傷が歯にすいて余計に歯石が付きやすくなるリスクがあります。
手術前の詳細な検査で全身の健康状態を把握し、麻酔のリスクよりも、歯周病を放置するリスク(痛み、顎の骨折、全身への感染など)が高いと獣医師が判断した場合は、治療を強く推奨します。
一度溶けてしまった歯槽骨や破壊された歯根膜などの組織は再生しません。これ以上の進行を食い止めるため、または痛みを取り除くための抜歯などの治療が中心となります。
7. 歯科処置後の自宅でのケア
無事に麻酔下での処置(スケーリングや抜歯)を終え、退院した後の自宅でのケアも治療の重要な一部です。
一度麻酔下で口腔内を徹底的にクリーニングして環境を「ゼロにリセット」しても、ケアを怠ればすぐに歯垢がつき始めてしまいます。
まず、処方された鎮痛剤や抗生剤は必ず指示通りに飲ませ切ってください。
次に、術後の数日から1週間程度は、ドライフードをお湯でふやかしたり、ウェットフード中心に切り替えたりして、柔らかい食事にするとよいでしょう。同様に、歯肉がまだデリケートな状態であるため、歯磨きシートなどで優しくケアする程度に留め、1週間程度経過してから、歯磨きを再開していきましょう。
8. 毎日の生活で実践できる3つの予防習慣
歯周病を防ぐためには、自宅での毎日の歯磨きと、定期的な、動物病院での麻酔下での徹底的なクリーニングの両方が不可欠です。
- 1つ目:歯みがきによる物理的な歯垢の除去
わんちゃんねこちゃん専用の歯ブラシがありますので、歯ブラシの毛先を使って物理的に歯垢をこすり落とすことです。歯と歯肉の境目を優しくブラッシングしましょう。ガーゼで表面を拭くのでは不十分なのですが、とはいえ歯磨きに慣れていない動物にとっては、まずは歯磨きシートを習慣づけていきましょう。動物用の歯磨きペースト(歯磨き粉)も市販されています。 - 2つ目:デンタルグッズの補助的活用
歯ブラシが苦手な子のために、噛むことで汚れを落とすデンタルガムや歯科用処方食なども併用することができます。 - 3つ目:定期的な動物病院での歯科検診とクリーニング
年に1回は動物病院で歯科検診を受け、必要に応じて全身麻酔下での処置を行うことが重要です。
歯垢が歯石に変わるまでの日数は、犬では約3〜5日、猫では約1週間と言われています。毎日が難しい場合でも、2日に1回を目標にしましょう。一度歯石になってしまうと歯ブラシでは落とすことはできなくなります。
9. まとめ:愛犬・愛猫の命を守るためにできること
犬や猫の歯周病は、ただ口が臭くなるだけの軽い病気ではなく、放置すれば顎の骨が溶けて折れたり、細菌が全身に回って心臓や腎臓の寿命を縮めたりする重大な疾患です。
しかし、毎日の適切な歯みがきで「歯肉炎」の段階で食い止めること、定期的に麻酔下でのクリーニングや治療を受けることで、進行を防ぐことは十分に可能です。
「最近、口の臭いがきつくなった気がする」「おもちゃで遊ばなくなった」など、ほんの少しの変化が、愛犬・愛猫からの切実なSOSかもしれません。取り返しがつかなくなる「歯周炎」へ進行する前に、ぜひ一度、当院までお気軽にご相談ください。
10. 引用文献
- Hamp SE et al. A macroscopic and radiologic investigation of dental diseases of the dog. Vet Radiol. 1984;25:86-92.
-
Kortegaard HE et al. Periodontal disease in research beagle dogs-an epidemiological study. J Small Anim Pract. 2008;49:610-6
-
Stella JL et al. A cross-sectional study to estimate prevalence of periodontal disease in a population of dogs (Canis familiaris) in commercial breeding facilities in Indiana and Illinois. PLoS ONE. (2018) 13:e0191395.
- Pereira Dos Santos JD, et al. Relation between periodontal disease and systemic diseases in dogs. Res Vet Sci. 2019;125:136-140.
この記事を執筆した先生は・・・
けいこくの森動物病院 獣医師 田口 仁
経歴
| 2022.9 | けいこくの森動物病院 研修生として勤務 |
| 2026.3 | 東京大学 獣医病理学研究室 卒 |
| 2026.4 | けいこくの森動物病院 獣医師として勤務 |
けいこくの森動物病院では、わんちゃんねこちゃんの一般診療はもちろん、歯科診療にも力を入れています。
東京都世田谷区、等々力、玉川、上野毛、尾山台、自由が丘、田園調布で愛犬・愛猫の体調にお困りの方はご相談ください。
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